大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)197号 判決

上告人

菅野二郎

右訴訟代理人

坂本壽郎

被上告人

井上福蔵

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人坂本壽郎の上告理由第一について

農地買収計画処分についての訴願を棄却した裁決に対して、買収計画処分及び裁決を受けた者から買収計画処分の違法であることを理由に行政事件訴訟特例法(昭和三七年法律一三九号によつて廃止)による裁決取消の訴が提起され、右訴について買収計画処分の違法を理由として裁決を取り消す判決がされ、右判決が確定したときは、その買収計画処分の違法であることが確定して右処分は効力を失うと解するのが、相当である。けだし、原処分の違法を理由として裁決を取り消すことができる行政事件訴訟特例法のもとにおいては、原処分の違法を理由とする裁決取消の訴は実質的には原処分の違法を確定してその効力の排除を求める申立にほかならないのであり、右訴を認容する判決も裁決取消の形によつて原処分の違法であることを確定して原処分を取り消し原処分による違法状態を排除し、右処分により権利を侵害されている者を救済することをその趣旨としていると解することができるのであり、また、もしこれと反対に、このような裁決取消の判決が原処分の効力に影響を及ぼさず、原処分の失効には原処分取消の判決あるいは新たな行政処分を要すると解すると、違法な行政処分を受けた者の権利救済に十分でないのみならず、原処分取消の訴と裁決取消の訴の重複、その各判決の抵触、原処分取消の行政処分の遅滞による違法状態の継続、右の新たな行政処分についての紛争の惹起等、種々不合理な事態を生ずることになるからである。

これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実は次のとおりである。

すなわち、旧大阪市東住吉区農地委員会は、昭和二三年四月二九日被上告人所有の本件土地が自作農創設特別措置法(昭和二七年法律二三〇号によつて廃止)三条一項の小作地にあたるとして、同項によりその買収計画を定めた。被上告人は、右買収計画処分につき異議を述べたのち、旧大阪府農地委員会に訴願を申し立てたが、同二三年六月三〇日同委員会は右訴願を棄却する裁決をした。そこで、被上告人は、同委員会(承継人大阪府知事)を相手方として、大阪地方裁判所に右裁決取消の訴を提起し、その理由としては、本件土地が小作地でなく、したがつて買収計画処分が違法であることのみを主張した。同裁判所は、昭和三六年九月一九日被上告人の主張を認めて右裁決を取り消す判決をし、更に同三八年三月二八日大阪高等裁判所において右判決に対する控訴棄却の判決が言い渡され、同判決は上告の申立もなく確定した。

右事実によると、右判決の確定によつて本件買収計画処分の違法であることが確定し、右処分は失効したものといわなければならず、これと同趣旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二について

訴の提起が時効中断の効力を生ずるのは、訴の提起により権利主張がされ、かつ、権利について判決による公権的判断がされることになるからであり、訴が取り下げられたときに訴の提起による時効中断の効力が生じないのは、訴の取下は、通常、訴の提起による権利主張をやめ、かつ、権利についての判決による公権的判断を受ける機会を放棄することにほかならないからである。そうすると、訴の取下が、権利主張をやめたものでもなく、権利についての判決による公権的判断を受ける機会を放棄したものでもないような場合には、訴を取り下げても訴の提起による時効中断の効力は存続すると解するのを相当とする。

原審の適法に確定した事実及び本件記録によると、次のことが明らかである。

被上告人所有の本件土地について、昭和二三年七月二日付で自作農創設特別措置法に基づく買収処分及び辻本浅太郎への売渡処分がされ、同二五年四月四日右浅太郎のための所有権取得登記がされ、更に浅太郎は右土地を辻本秀雄に贈与し、同二九年一一月三〇日秀雄のための所有権取得登記がされた。そこで、被上告人は、昭和三三年四月七日大阪府知事を相手方として、大阪地方裁判所に訴を提起し、右買収処分、売渡処分の無効確認等を求めるとともに、右訴において、辻本浅太郎、辻本秀雄を相手方として、その各所有権取得登記の抹消登記手続を求めた(大阪地方裁判所昭和三三年(行)第二一の二号事件、以下「旧訴」という。)。右訴提起当時浅太郎が死亡していたので、被上告人は、昭和三九年三月二七日浅太郎の相続人らを相手方として、浅太郎の右所有権取得登記の抹消登記手続を求めるとともに、辻本秀雄以降の本件土地の譲受人らを相手方として、各その所有権取得登記の抹消登記手続を求める本訴を大阪地方裁判所に提起した。旧訴と本訴は、別個に審理されていたが、のちに併合され、辻本秀雄に対する訴が重複していることが明らかとなり、被上告人は、そのうちの一方を取り下げることとなつたが、その際、旧訴中の買収処分、売渡処分の無効確認を求める部分等がすでにその必要がなくなつたなどしたので、手続の便宜上旧訴を取り下げ本訴を追行することとしたものである。

右事実によると、被上告人の旧訴の取下は、権利主張をやめたものでもなく、権利についての判決による公権的判断を受ける機会を放棄したものでもないのであるから、右訴の取下によつて訴の提起による時効中断の効力は消滅しないといわなければならない。

それ故、右と同趣旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

上告代理人坂本壽郎の上告理由

第一、第二審判決(以下原判決と称す)は行政事件訴訟特例法一二条(行政事件訴訟法三三条)の解釈を誤り、この違背は判決に影響を及ぼすことが明かである。

一、原判決は左のとおり判示する。

裁判取消訴訟において訴願棄却の裁決の取消を求める訴訟のみが提起され、裁決の違法の事由として原処分の違法が主張され、裁判所がこれを容れて裁決を取消す旨の判決をなしこれが確定したときには、原処分を違法とする判断は単なる判決理由中の判断にとどまらず既判力の生ずる事項である。従つて右確定判決があつた以上、原処分はあらためて別個の手続による取消の処分又は判決をまつまでもなく当然にその効力を失うと解するのが相当である。

二、然し乍ら右確定判決は、大阪府農地委員会に対する訴願棄却の裁決が取り消されたにとどまり、買収計画が取り消されたものではない。又買収計画が無効に帰するという効力を有するものではない。この点につき行政事件訴訟であるからと云つて民事訴訟の場合と異別に解すべき理由はない。即ち判決の主文において示された判断のみが当該訴訟の目的であつて、この判断の効力を他の関連事項にまで及ぼすことは許されない。原処分である買収計画をも取消そうとするならばその旨の被上告人の訴が提出され、それを容れる判決がなされねばならない。被上告人がそのような訴を提起しなかつたことによつて、仮に原判決が述べるような複雑迂遠な手続の繰り返しによつて救済を得なければならないとしても、それは被上告人自らの行為に基因するものであるから甘受しなければならないものである。

三、よつて原判決が行政事件訴訟特例法一二条によつて、裁決を取消す旨の確定判決は原処分即ち買収計画をなした東住吉区農地委員会をも拘束すると判断したのは右法条の解釈を誤つたものであり、この違背から原判決の主文が導き出されたものであるので、原判決は破棄せられるべきである。

第二、原判決は民法一四九条を適用すべきであるにも拘らず之を適用しなかつた違背があり、之は判決に影響を及ぼすことが明かである。

一、原判決は、本件の場合旧訴の取下には民法一四九条の適用はなく、旧訴提起の時に生じた時効中断の効力は消滅しないと判示している。

又原判決は、旧訴が取下げられて後六ケ月以内に新訴が提起されたときには、当然民法一五三条の反対解釈として時効中断の効力を生ずると判示する。

二、然し乍ら原判決の右判断は何れも誤つている。

(一) 旧訴と新訴がたまたま同一の請求であるとしても、旧訴の取下があつた場合には旧訴だけのこととして取扱うべきであつて、即ち民法一四九条によつて旧訴の提起は時効中断の効力を有しないものとすべきである。

被上告人を救済せんとする意図を以て法律上許されざる解釈を展開すべきではない。被上告人が誤つて、新訴を取下げるべきところを旧訴を取下げたとしても、そのことによつて受ける被上告人自身の過失に基因するのであるから之を受忍しなければならないものである。

(二) 民法一五三条の反対解釈として前記判示のような解釈ができるということは理解に苦しむ。旧訴が取下げられたならばその時で請求をしないことになり、民法一五三条の「催告」の意味は全然ない。判示のように旧訴が取下げられた後六ケ月内に新訴が提起された場合と民法一五三条とは全然関係がないものと思料する。

三、要するに旧訴の取下げによつて取得時効が完成しているのであつて、この点原判決が右法条不適用によつて未だ時効が完成していないとしたのは不当である。よつて原判決はこの点によつても破棄せらるべきである。

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